聴覚障害者を対象としたパソコン講座実施を通して

 

北九州市障害者社会参加推進センター

松本 大史

 

1.はじめに 取り組みの経緯について

社会参加推進センターでは、重度障害者支援の事業の1つとして、昨年8月に聴覚障害者を対象としたパソコン講座を実施しました。

一般的なパソコン講座では、講師が操作説明をする際、受講者は自分のパソコンの画面を見て、直接講師の説明を聞きながらパソコン操作をすることができます。

聴覚障害者が受講する場合には、手話通訳や要約筆記などの情報を保障する手段(以下情報保障)が必要となり、それぞれ講師の声を手話や文字に置き換えて伝える時間が生じます。また、講師が説明をしている間は、手話通訳者や要約筆記のスクリーンを見ることになるため、説明と同時にパソコン画面を見たり、操作を行なったりすることができません。

そのため、上記のような情報保障を必要としない人と同じ講座を受講した場合、情報伝達の時間や情報量に若干の差が生じてしまいます。

そこで、今回の講座では、情報保障を含めたコミュニケーションを重視した講座を実施しました。

聴覚障害者の情報保障と合わせて、これらの取り組みについて述べたいと思います。

 

2.聴覚障害者のコミュニケーション手段と情報保障について            聴覚障害者のコミュニケーション手段は、手話や筆談、指文字(日本語の50音を指で表したもの。手話を話す時に補助的に用います。)、空書、口話・読話、身振りなどがあげられます。身体障害者手帳では、耳の聞こえの程度(デシベル)で等級に分類されていますが、その分類とコミュニケーション手段が必ずしも一致するわけではありません。

(情報保障のイメージ) 

 

今回は、講座で必要とした情報保障という観点から話を進めたいと思います。

ただし、聴力の程度、失聴した時期、教育を受けた環境などでその人のコミュニケーション手段は異なってきます(手話と文字を併用して使う人、音声で会話ができる人など)ので、必ずしも下記の分類どおりではないことを前置きしておきます。

 

(1)手話をコミュニケーション手段とする人

・言語(注)獲得期前、例えば言葉を話したり読み書きできるようになる前に失聴した人

(注)・・・ここでいう言語とは日本語のことをいいます。

※言語獲得期・・・その時期を過ぎると母語の獲得が不完全になるような年齢のこと。

・ろう学校に通うなどして手話を獲得した人  など

 

 

聴力のレベルは重度の人が多数です。

(情報保障)

○手話通訳    

話し手の音声を、通訳者が手話に変換して対象となる聴覚障害者に通訳して伝えることです。

 音声日本語と手話という2つの言語を同時に頭の中で変換する作業が必要になるので、通訳者に負担が大きく、内容によっては2〜3人体制で15分から20分で交代するなど、ローテーションを組んで対応します。

(手話通訳)        

 

 

(2)文字(筆談など)をコミュニケーション手段とする人

・言語獲得後、例えば言葉を話したり読み書きできるようになってから失聴した人

・老化に伴う聴力の減退から失聴した人 など

 

聴力のレベルは軽度から重度までさまざまです。音声で会話をすることができる人も多いです。

 

(情報保障)

○要約筆記    

話し手の音声を、筆記者が内容を要約して筆記し、対象となる聴覚障害者へ伝えることです。イベントの内容や対象者の人数によって以下の2つの方法に分かれます。

ノートテイク・・・個人を対象にして、話し手の音声を対象者の隣で筆記して伝えることです。

(ノートテイク)      

 

OHC・・・参加者が多い講演会などの大きなイベントの際に、複数の対象者に対して話し手の音声をスクリーンに映し出して伝えること。最近ではパソコンを用いたパソコン要約筆記も主流になっています。

複数人でチームを組んで対応します。

(OHC)        

 

(3)その他のコミュニケーション手段を必要とする人

 ・重複障害、ホームサイナー など

(盲ろう者については、「盲ろう者のコミュニケーションについて」を参照。)

 

 

3.講座での取り組みについて

(1)対象 者:7名(手話通訳を必要とする人1名、要約筆記を必要とする人6名)

(2)会場  :東部障害者福祉会館 研修室6C

(3)情報保障:手話通訳者 1名、

要約筆記者(今回は4人一組でOHCを使用)

補助講師 1名(パソコンサポーターより)

(4)内容  :エクセル中級(エクセルの基礎操作、関数を使った表の作成など)

(5)回数  :1回3時間の全5回。

 

(6)進行方法

聴覚障害者のパソコン講座において、まずしなければいけないことは、参加している受講生の情報保障です。

前述しましたが、講師が話をしている時は手話通訳者、要約筆記(スクリーン)の方に視線がいき、パソコンを操作する時は画面の方に視線がいきます。

聴覚障害という障害特性上、情報保障を必要としない人とは違って、講師の話を聞きながらキーボード、マウス操作を同時に行なっていくことはできません。

(講座の進行の流れ)    

 

そこで、講座の中では、説明をする場面と実際にパソコンを触って操作をしてもらう場面を明確に分け、講座を進行する方法をとりました。

(講座の中では、説明用スクリーンに「説明」と書かれたスライドが表示された時はスクリーンを見る、「操作」のスライドが表示された時には自分のパソコンを操作するというルールを事前に決めています。)

説明の場面では、これから行う作業内容や手順を、パワーポイントを使ってスクリーンで映しながら講師が説明を行ないました。

操作の場面では実際にパソコンを触って操作をしてもらい、質問等がある場合は個別で対応し、全体で共有すべきものについては、説明の場面で全体で共有するようにし、できるだけ作業内容や用語について確認をしていきながら講座を進めていきました。

(講座会場のレイアウト)     

 

 

 

4.今後講座を実施していくにあたっての課題について

今回のような講座を今後継続して、より質を高めていくためには以下のような課題があげられると思います。

 

(1)講師の理解 

今回は受講生の障害特性に理解のある講師に担当していただき、進行方法や資料等に配慮をしていただきましたが、今後このような講座を受ける機会を増やしていくためには、聴覚障害という特性に理解のある講師をより多く確保することが必要と考えられます。

 

(2)情報保障者の養成と確保

情報保障を担う人材がまだまだ少ない現状では、適切な情報保障が行なえる人材の養成、確保が必要と考えられます。

 

(3)当事者の講師などの育成

講座に情報保障を必要としない、受講生とコミュニケーションが直接とれる(当事者などの)講師の育成も求められます。

 

(4)時間的に余裕を持ったカリキュラムの設定

聴覚障害者が参加する講座においては、講師の説明などの情報が受講生に伝わる時間や理解度を確認する時間を含めた、時間的に余裕のあるカリキュラム、スケージュール作りが大切になります。

そのためには、会場の長期間の確保や予算などの財源確保といった問題をどうクリアするかが課題だと思われます。

 

(5)情報保障手段別の講座の開催

受講生のパソコンスキルが上がってくるにつれて、講師からの説明もかなり専門的になってくるので、説明から理解しているかどうかの確認まで、情報保障手段を介しての伝達にはかなり時間を要することになります。場合によっては、情報保障の環境を統一し、手話通訳が必要な人だけの講座、要約筆記が必要な人だけの講座といった、情報保障手段別の講座に分けて開催する必要もあると思います。

 

5.手話通訳者派遣事業、要約筆記奉仕員派遣事業について

最後に、手話通訳が必要な人のための「手話通訳者派遣事業」、また要約筆記が必要な人のための「要約筆記奉仕員派遣事業」の窓口を紹介します。

 

○視聴覚障害者情報センター

〒804-0067 戸畑区汐井町1−6 ウェルとばた6階 北九州市立東部障害者福祉会館内

TEL 883−5552  FAX 883−5553

派遣事業についての詳細はホームページで

URL http://www.normanet.ne.jp/~ww103765/east/sityoukaku.html#text2