視覚障害生活訓練等指導者(通称:歩行訓練士)について
視覚障害者生活訓練等指導者 安河内 尊士
所属:北九州盲学校
はじめに
“リハビリテーション”の意味は「身体に障害のある人などが、再び社会生活に復帰するための、総合的な治療的訓練(辞書:大辞泉)」とあります。特に“治療的”とくれば、自ずと“病院”をイメージされることでしょう。最もそれが一般的なとらえ方なのですが、この意味には続きがあるのです。「身体的な機能回復訓練のみにとどまらず、精神的、職業的な復帰訓練も含まれる(辞書:大辞泉)」・・・となると、“リハビリテーション=病院”にとどまらない語句の使用が導き出されます。
この治療的訓練以外での“精神的、職業的な社会復帰”ですが、とりわけ視覚障害者に至っては、屋内外の移動や読み書き、日常生活、身辺処理など、保有視力によっては個人差が生じるものの、これまで通りにはいかなくなることが大半ではないでしょうか。
たとえば、“スーパーで買い物をしたい”という欲求があるとします。・・・自室から玄関まで移動し、身なりを整え、玄関を出る。目的地であるスーパーに到着し、必要な物品を手に入れ、レジで精算。来た道を戻り、自宅に帰り着く・・・。
視覚に見えづらさを抱えた時、上記の欲求の中にどれだけの困難が潜んでいるでしょう。身なりも身辺管理や着替えもありますね。靴下の左右色が違うなんてこともあるかも知れません。スーパーまでどのように移動しましょうか?スーパーのどこに必要な物品があるのでしょうか?精算時、お金は誰が払いますか?…等など。
恐らく大半の人が、これまで特に意識せずに出来ていたことですら、その実現に対し、場合によっては新たなスキルや方法が必要となることでしょう。そして見え方に個人差があれば、当然、実現するための過程、方法、加減など、新たに獲得する生活技術にも個人差が生じます。誰かを真似て、或いは参考書を見るなどでは到底なしえないこともたくさんあることでしょう。
これら様々な個人差やその技術を必要とする視覚障害者とともに、その方が培ってこられた経験を生かしつつ、新たな技術の導入を模索するなどの“精神的、職業的な社会復帰”を実現するトレーニングプログラムのことを“視覚障害リハビリテーション(生活訓練)”といいます。そして、その視覚障害リハビリテーションの専門指導者のことを“視覚障害生活訓練等指導者(通称:歩行訓練士)”といいます。
通称 歩行訓練士
これまで視覚障害リハビリテーションを実地している機関や施設などによっては、“盲人指導員”や“歩行訓練士”など指し示す名称が不確定でした。
これにはいくつか理由があり、たとえば、移動に限らず日常生活やコミュニケーションなど実地指導範囲が多岐に渡ること。また、厚生労働省認定資格であり、国家資格でないことから、存在自体が一般的でないこと等が挙げられます。
そこで名称化されたのが“視覚障害生活訓練等指導者”なのです。書いて字のごとく、視覚障害を有する人に対し、歩行のみならず生活全般を訓練指導する者をさします。
この指導者の養成については、歩行訓練士の養成として1970(昭和45)年から開始され、現在は厚生労働省委託事業である指導者養成(日本ライトハウス実施)、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院(共に2年課程)で実施されています。従って、国内における視覚障害リハビリテーション(生活訓練)は、主にこの2機関を修了した専門の指導者によって行なわれているのが現状です※。
さて、この“視覚障害生活訓練等指導者”の職域/生活訓練ですが、大きく3つあります。
1)歩行(移動)、2)コミュニケーション(点字・音声パソコン)、3)日常生活(家事技能、身辺管理、他)です。
1)歩行(移動)
@白杖歩行
視覚障害者の補装具のひとつ“白杖”を使用した障害者単独の歩行技術をさします。交差点横断、階段昇降、空間歩行など、交通機関の利用も含めた歩行技術の修得を目指すものです。
Aガイド(手引き、介添え)歩行
ガイドする側(手引き者)、される側(障害者)との協力があって成り立つ移動技術です。このガイドヘルパー(ボランティア)の養成も職域の範疇となります。
2)コミュニケーション
@点字
用紙の凹凸が表裏一体となった視覚障害児・者の読書き技術指導をさします。凹面が書き、凸面が読みとなります。最近では駅や階段で見かけることが多くなりました。
A音声パソコン
画面音声読み上げソフトがインストールされたパソコンを使用します。メール、インターネット、ワード、エクセル等各ソフトの使用方法を修得し、社会(家庭)復帰を目指すものです。
3)日常生活
@家事技能
調理、掃除、洗濯など家事一般をさします。主婦のみならず、独身者、妻帯者の方も受講希望が見られます。
A身辺管理
整髪、洗髪、歯磨き、爪切り、食事、喫煙、金銭管理などがあげられます。
このほか、視覚障害リハビリテーションを実施している機関・施設によっては、レクリエーションやスポーツもあります。また社会や家庭復帰に向けての他機関(地域)との連携、障害者自身だけでなく家族(周囲)へのケアなど、個々のニーズや目標に沿ったケースワークなど職域に含まれてきます。
「視覚障害」≠「全く何も見えない状態」
一般的には、“まったく見えない全盲”と“少し見える弱視(=ロービジョン)”の二つを“視覚障害”と言います。割合としては全盲が“1”としたならば、弱視は“99”とも言われます。
つまり、視覚障害という言葉から、“全く何も見えない状態”をイメージする方が少なくないと思いますが、実際には弱視(=ロービジョン)といわれる“全く何も見えない状態”以外の“様々な見え方”の状態の方が多く、この“様々な見え方”は個人によって異なるため、それらの多くは周囲に理解されにくいのが特徴と言えます。結果的には、この“見え方の違い”によって、日常生活上の“不自由な場面”も異なってくるのです。
具体的に、“全体がぼやけて見える”、“まぶしさを強く感じる”、“視野の中心部が見えない”、“視野の中心部だけが見える”等々があります。以下に“見え方の違い(極端な例)”を記載しています。一例として参考にされてください。
@全体がぼやけて見える
天候差関係なく、視野全体に常にぼやけが生じている状態です。
A眩しさを強く感じる
“眩しさ=羞明”とも言います。全体が白けて物がはっきりしない見え方を指します。
B視野の中心が見えない
上を向いても、下を向いても視野の中心付近が見えない状態を指します。
C視野の中心部だけが見える
求心性視野狭窄とも言い、“筒の中”というように表現する方もいます。
おわりに
今回は、“視覚障害リハビリテーション(生活訓練)”を通して、“視覚障害生活訓練等指導者”の説明と職域、“視覚障害という見え方”などを記させて頂きました。
私たち“視覚障害生活訓練等指導者”は、生活訓練を実地指導するうえで最も大切にしていることがあります。それは“安全の確保”です。さまざまな困難を一つ一つ乗り越えるために個々の目の状態(その方の見え方)、目標、これまでの社会経験などをもとに方法、加減、過程を対象の方と十分に話し合い、各訓練を展開していきます。しかし、どんなに必要で、どんなに重要であっても、“安全”なしでは、何の習得も厳しいでしょう。“安全”が“安心”となり、次第に信頼関係を築いていく。その上で“視覚障害リハビリテーション”は成り立つのです。そして、絶えず対象者を安全のもとで“支え・寄添い・導く”…それが私たち“視覚障害生活訓練等指導者”の姿なのです。
以上
※引用・参考文献
芝田裕一 2007 視覚障害児・者の理解と支援 北大路書房