1 はじめに
パソボラネット北九州は、2001年に北九州市内で開催された視覚障害者対象のパソコン講習会をサポートしたボランティアがその後も集まり、同年11月に設立した任意団体です。
活動の趣旨は、パソコンのサポートを通じ、障害者の情報バリアフリーを支援するとともに、社会参加と自立の促進に寄与し、パソコンボランティアの技術の向上を図ることを目的に活動しています。
メンバーは、勤労者が中心となって行い、ボランティアの機動性を発揮して、北九州市のみならず、その近郊までもサポートに出かけています。
また、毎月定期的に相談会を開き、障害の種別に関係なくパソコンに関するすべての相談に対応しています。
現在まで、100名を超える障害者にサポートを行っています。
2 事例
この事例では、主にパソコンの操作支援を行いました。
また、北九州市や周辺地域の公的機関や制度との連携を行い、依頼者の要望にこたえました。
(1)依頼者
Aさん、女性、40歳代、市外在住
障害は、ALSによる四肢麻痺ですが、最初の依頼の時は、歩行が可能な状態でした。
現在は、自宅を離れて入院中です。
(2)出会い
2003年7月にパソコンの購入補助として依頼を受けました。
依頼の動機は、医療機関でALSと診断され、徐々に麻痺が進行していたため、意思伝達装置(パソコン)に慣れる目的でパソコンを購入したいというものでした。
Aさんの自宅近くに家電量販店がなかったため、女性ボランティアと一緒に市内でパソコンを購入しました。
この後、Aさんの要望で自宅までボランティアが同行して、初期設定をした後、簡単な操作説明をしました。
(3)長期サポート開始
しばらく連絡がありませんでしたが、2005年10月に連絡がありました。
北九州市内の病院に入院し、意思伝達装置(伝の心*1)の交付を受けたけれども、練習中に動かなくなるので操作方法を教えてほしいという依頼でした。
Aさんの状態は、最初にお会いした時とは大きく異なり、マウス操作(移動とクリック)がわずかにできる状態で、キーボード入力はできませんでした。
まずは、関係機関(福祉事務所と町役場)と納入業者に連絡を取り、操作に対するサポートが可能かたずねました。
関係機関の回答は、「このようなサポートをしたことがなく、説明書を読んでほしい。」というものでした。
読みたくても説明書を持てないことと、Aさんと納入業者がもめていたため、自分達がサポートすることになりました。
次に、入院している病院に行き、団体の説明と病室への入出許可をとり、Aさんに面会して次回以降のサポート計画を立てました。
一番やりたいことをお聞きすると、お友達とのメールと、同じ病気の方のホームページを見て掲示板に書き込みをしたいとおっしゃっていました。
この時お聞きしたところ、パソコンの基本的な操作は、公民館で行われているパソコン講座に参加して学び、そのときに知り合った人に、伝の心に似たソフトであるHearty
Ladder*2をインストールしてもらって練習したそうです。
サポートは、パソボラネット北九州のメンバーであり、北九州市障害者パソコンサポーター派遣事業*3のサポーターでもある人が行いました。
この人は、北九州市障害者パソコンサポーター派遣事業で、北九州市内のALS患者へのサポート経験がありました。
依頼事項や内容の確認は、最初は、Hearty
Ladderの入ったパソコンから行っていましたが、病気の進行と伝の心の操作の慣れにしたがって、伝の心の入ったパソコンから行うようになりました。
入院中は、OTや医療スタッフの協力もあり、伝の心を毎日使用していたようです。
伝の心画面
(4)サポート内容
私たちは、最初の訪問から1週間に1度訪問するようにして、20回のサポートをしました。
そのうち最初の13回は、伝の心の基本的な操作方法と、伝の心を使ったホームページ閲覧操作、機器のメンテナンスとその操作方法について行いました。
私たちが行ったサポート項目をまとめると、以下の8項目になります。
(ⅰ)Hearty
Ladderの入ったパソコンから、伝の心へのデータ移動(主にアドレス帳)
(ⅱ)伝の心の基本的な操作方法
(ⅲ)伝の心のメールの送受信(文字入力とメール環境の設定と伝の心での操作、通信はPHSカード)
(ⅳ)文書印刷(文章作成からプリンターで印刷するまで)
(ⅴ)テレビのリモコンを伝の心で操作
(ⅵ)Windowsのアップデート(その時点までの全てのアップデートファイルをCDに焼いて実行)
(ⅶ)PDFファイルのダウンロードと閲覧(日本ALS協会の会報を読みたいという依頼から)
(ⅷ)ホームページ閲覧のためのWindows操作(他のALS患者が作成したホームページに寄稿するため)
2006年2月、最初の訪問から17回でいったんサポートを終えることにしました。
終了時には、不具合が起きたり、新たな依頼がある時は、あらためて連絡をいただくように伝えました。
(5)その後
Aさんは転院されましたが、転院先でも伝の心を日常的に使用されていたようです。
時々サポートの依頼が入りましたが、場所が遠くなったこと、病院スタッフが対応できたこと、担当する福祉事務所の人が動いてくださったことから、私たちが動くことはありませんでした。
現在は自分のブログを作り、ブログへの書き込みと書き込んでくれた人たちへの返信をしています。
3 成果
・早期にパソコンに慣れて準備をしていたAさんの努力や、Aさんの周囲の医療スタッフや関係機関がうまくつながって、比較的短時間に操作を習得できました。
・Aさんは、自分の意思を他の人に伝えることを続けられています。
・Aさんは、気管切開をする(声を失う)ことをためらっていましたが、ブログの投稿などから生きることを選びました。
・パソボラネット北九州は、いろいろな機関や企業と連絡がとれ、情報を得ることができました。
4 課題
今回は、17回にもおよぶ、私たちにとっては考えられないくらいの回数のサポートができましたが、通常ではメンバーのほとんどが働いているため、数回訪問するのが限界です。
また、パソボラネット北九州は任意団体のため、公的な機関との連携や企業からの支援が受けにくく、特に情報共有ができにくいことがありました。
北九州市では、意思伝達装置の交付後は、北九州市障害福祉センターが、基本的な操作方法やスイッチや操作環境のフィッティングを行っているためサポートすることがありませんでしたが、周辺の地域では、フィッティングをする機関が近くになく、機器の説明や基本操作をボランティアが行わなければならないことがありました。
今回のサポート中は、小さく聞きにくい声でしたが、Aさんの意思をすぐに確認できました。
しかし、気管切開していた場合、どのようにして相手の意思を受け取るのかわかりませんでした。
今回は、合計20回ものサポートをしましたが、その中で明らかにサポートすべきでないことを頼まれることがありました。
信頼されることは大変うれしいことですが、依頼する人との距離感を持つことが大切と感じました。
5 最後に
Aさんは、気管切開をし、動く部分も限られてきていますが、毎日を精一杯生き生きと暮らしているようです。
これからも、私たちができる限りのサポートはしていきたいと考えています。
パソコンボランティアに関して、ご質問や依頼がありましたら、メールか電話でお願いします。