Ⅰ はじめに
盲ろう者(目と耳の両方に障害がある方)は、見え方や聞こえ方の程度によって、全盲ろう、全盲難聴、弱視ろう、弱視難聴の4つに分類されることがあります。コミュニケーション方法は様々で、目と
耳のどちらが先に見えにくく(聞こえにくく)なったか、またはその時期、それまでに受けてきた教育などによって異なります。また、情報を発信する時と、受信する時のコミュニケーション方法が異なる
場合もあり、主たるコミュニケーション方法から、盲ベース(点字)、ろうベース(手話)と呼ばれることもあります。
もともと、目や耳に障害がある方は、私たちが無意識に得ている情報でも、意識しないと入手することができなかったり、情報量や伝わる時間に差があることなどから「情報障害」と言われることもあり、
コミュニケーション方法を確保することは、とても重要な意味を持っています。
Ⅱ Aさんについて
今回ご紹介するAさんは、ろうベースの盲ろう者です。勉強熱心で、読書が好きなAさんの主たるコミュニケーション方法は手話で、その詳細は以下の通りです。
慣れて限られた場所以外での移動には、手引きが必要です。情報を得たり、手話が分からない人と会話をしたりする時には、手話通訳が必要な方です。
このAさんと数年前、私が初めて出会った時のコミュニケーション方法と、その後、様々な関係者の支援を通じて獲得された新たなコミュニケーション方法の2つに分けて説明していきたいと思います。
Ⅱ Aさんのコミュニケーションついて
1.出会った時のコミュニケーション方法
(1)手話(触手話)、指文字
Aさんが話す時は、手話や指文字を使います。
Aさんに伝える時は、Aさんが発言者の両手に触れ、手話の形を触って理解します。【写真1】
(2)指で手のひらに文字を書く(手のひら書き文字)
手話が分からない人と話す時や、漢字を伝える時などに 使用します。
(3)筆記
文字を書くことは可能でした。手のひら書き文字同様、手話が分からない人と話す時や、Aさんが読み方を知りたい漢字を伝えたい時などに使います。
(4)FAX(送信のみ)
紙を折り曲げて作った線に沿って文字を書き、使い慣れたFAXでの送信は可能でした。(文字を書きやすいよう、クリアファイルに穴を開けたガイドを作成しました。)
※Aさんとのコミュニケーション方法は、直接会って話す以外には、AさんがFAXを送信して伝える
方法だけでした。Aさんから送られた「家に来てください」とのFAXを受け取っても、直接は返事が
できず、同居しているご家族経由で伝えて頂くしかありませんでした。そのため、ご家族が不在の時は、
Aさんと連絡を取ることができませんでした。
2.新たに獲得したコミュニケーション方法
Aさんの希望をもとに、多くの関係者の協力を得ながら、新たに下記のコミュニケーション方法を獲得しました。
(1)点字
点字を習得され、点字板(携帯型)【写真2】や点字タイプライター(テラタイプ)【写真3】、点字ディスプレイ(ブレイルメモ)【写真4】を使用できるようになりました。
次に、上記のコミュニケーション方法を獲得するまでの関わりについて、簡単に紹介します。
Ⅳ 新たなコミュニケーション方法の獲得に向けた関わりについて
1.点字
「本が読みたい」「メモを取りたい」というAさんの希望から、点字学習が始まりました。
当初は、Aさんの年代の中途失明の方は、点字の習得には時間がかかり、学習は難しいかもしれないと関係者からの指摘もありました。しかし、Aさんの努力はもちろんのこと、盲学校の先生や手話通訳者、ヘルパーなど様々な機関が関わることで、盲学校での点字の学習場面を確保することができ、点字の習得に繋がりました。
点字の読み書きが可能になったことで、食品の賞味期限や服の色、予定をメモしたり、点字で発行された刊行物を読んで情報を入手できるようになりました。
点字を習得することができた効果は大きく、その後のパソコン利用の可能性に繋がりました。
また、盲学校を見学した際に、パソコンや点字ディスプレイを実際に触って情報提供できたことも、
その後のパソコン訓練に繋がっていきました。
○点字の習得のための支援について
・移動手段と情報保障の確保
目からも耳からも情報を得られないAさんが、学習場所である盲学校まで行くためには、安全に外出する手段の確保が必要でした。事前に、中途視覚障害者緊急生活訓練事業による歩行訓練を受けていたため、サービス調整により安全な外出が可能となりました。歩行訓練の場面にも手話通訳者の確保が必要でしたが、同様に盲学校での学習場面にも手話通訳者の調整が必要でした。
・ろうベースの特性
点字は、ひらがな表記です。漢字も点訳されると、ひらがなで表記されることになります。
先天性の聴覚障害者であり、手話を主たるコミュニケーション方法としているAさんは、漢字の「音」(読み仮名)ではなく、形で理解している場合がありました。そのため、漢字の形が分かっていても読みが分からなかったり、読み方を間違えて覚えていることもあり、Aさんが「分からない」と答えた時には、点字そのものが分からないのか、点字で表記された言葉が分からないのか、その確認が必要でした。Aさんに伝わりやすい表現の仕方を、盲学校の先生と手話通訳者が打ち合わせながら、支援が行わ
れました。
一方で、点字の学習を通してAさんが初めて知る言葉も多くあり、盲ろう者の語彙拡充の機会の必要性についても話題になりました。
関わった機関としては、盲学校、手話通訳(学習場面の通訳)、ヘルパー(盲学校までの移動支援)、区役所(制度利用)、障害者地域生活支援センター(各機関の調整)で、協力しながらAさんの支援を行ってきました。
2.パソコン
Aさんから届くFAXに返事をする方法としてメールが考えられました。盲学校での情報提供や、関係者からの話題提供などからAさんの「メールをしてみたい」との希望が明確になり、パソコンの利用に向けた取り組みが始まりました。
パソコンの使用経験がまったくないAさんへの導入がどこまで可能であるか、メールやインターネットの概念についてどう説明ができるか、効果的な方法は何か、訓練後のフォロー体制など、関係者での打ち合わせや個別支援会議を開催しながら確認を行い、中途視覚障害者緊急生活訓練事業による訓練の開始となりました。盲学校での訓練同様、移動支援と情報保障の確保が必要でした。
点字ディスプレイ(ブレイルメモ【写真5】)は、単体で使用する方法と、パソコンに接続して使用する
方法とがあります。
(1)点字ディスプレイ(ブレイルメモ)単体では、
○点字文書の作成、保存、編集
○時計、スケジュール、電卓機能
○ブレイルメモ同士での通信(チャット) などが行えます。
(2)パソコンに接続した場合は、パソコンの画面を読み上げる
音声が点字に変換され、点字ディスプレイに表示されることで、
パソコンの使用が可能になります。【写真6】
○メールの使用による、双方向の意思伝達
○インターネットの活用による、様々な情報入手
ができるようになりました。
Aさんの訓練は、点字ディスプレイ単体での操作訓練と、パソコンに接続しての操作訓練の二段階行われました。
費用負担も考慮し、点字ディスプレイ単体での操作訓練では、パソコンに関連する操作や概念理解の様子をみた上で、パソコンの使用が可能そうであれば次の段階に進む、難しそうであれば点字ディスプレイ単体での使用(時計やメモ機能だけでも効果があったので)を推進することとなりました。
点字ディスプレイ単体で使用できる機能はたくさんありましたが、まずは点字文書の作成、保存、編集と、最低限パソコン操作時に必要となる機能を中心に訓練が行われました。
また、パソコン操作に共通すると思われる概念や操作(エンターキーやフォルダの概念など)の説明は丁寧に行いました。その分時間はかかりましたが、導入に時間を割いたことで理解が深まり、点字ディスプレイをパソコンに接続してからの操作訓練も円滑に進んで行きました。
V 利用した制度について
Aさんのコミュニケーション方法の獲得のために利用した制度等を紹介します。
・盲学校 教育相談(点字の学習)
・中途視覚障害者緊急生活訓練(点字ディスプレイ、パソコンの操作訓練)
・コミュニケーション支援事業(手話通訳者の派遣、盲ろう者通訳・ガイドヘルパーの派遣)
・移動支援事業(ホームヘルプサービス)
・日常生活用具給付等事業(点字ディスプレイ:ブレイルメモ、情報・通信支援用具:画面読み上げソフト、点訳ソフト)パソコン本体、メールソフト、ウィルスソフト等は実費購入。
・相談支援機関(公的機関:区役所生活支援課、民間相談機関:北九州市障害者地域生活支援センター)
※詳しくは『障害者の福祉ガイド』に掲載されていますので、ご覧ください。
Ⅵ おわりに
盲ろう者のコミュニケーション支援には、基本となるコミュニケーション
方法が獲得されているかどうかが、大きく影響すると思います。
また、視覚障害者、聴覚障害者それぞれに関わる支援機関の連携が必要であり、視覚障害者の支援者に聴覚障害者の障害特性を理解してもらうこと、またその逆も必要で、チームで関わっていくことが大事ではないでしょうか。
視覚障害者への支援(安全な移動の確保)と、聴覚障害者への支援(情報保障)の両方を備えたサービスの必要性、それを担う支援者の人材確保や専門性も、今後必要になっていくと思います。
いずれにしても、重複障害で、複合的なニーズを持つ方への支援には、一つの機関だけで関わっていくことには限界があるため、ご本人を中心としたチームを作り、制度の狭間の支援も含めて、互いにできることを見つけていくことが大切だと思います。