発達障害者のコミュニケーション支援について
北九州市立小倉北特別支援学校
赤瀬 理恵
1 はじめに
「発達障害」は「見えにくい障害」とも呼ばれることもあります。発達的には遅れや偏りがわずかであったり、部分的であったりすることから、日常生活を送る上では「障害」と思われにくく、「ふざけている」「本人の努力不足」「親のしつけがなっていない」などの誤解を受けやすいのです。
乳幼児期の健康診断でも「問題ありませんよ」「もう少し様子を見ましょう」と言われるケースが多く、本人や家族が生きづらさや漠然とした不安を抱えたまま過ごすこともあります。何となく違和感や不都合を感じるものの、「そういうものだ」と思って過ごし、思春期以降になって自分に障害があることが判明して、ようやく納得できたというケースもあります。うまく自分の障害と向き合うことができればよいのですが、生きづらさでイライラが募って暴言・暴力などの問題を引き起こしたり、対人関係のトラブルなどから不登校や引きこもりになったり、いじめを受けたりするケースも見られます。
このような「見えにくい障害」を抱えた方々と、よりよいコミュニケーションを図るためのヒントを見つけることができれば・・・と、日々の取り組みの中で行っていることを述べさせていただきます。
2 こんなこと、ありませんか?
「困ったなあ」と感じた事例をいくつか挙げて、具体的な手立てについて考えてみましょう。
○ケース1
全体に指示して「わかった」ような感じだったのに、一人だけ勝手なことをしている!
指示が通らないのには、いくつかの原因が考えられます。
・誰に対して言っているのかがわからない。
・自分に対して言われていると思っていない。
・他のことに気を取られて、話し手に注意が向いていない。
・周囲の雑音と声とがゴチャゴチャになって、聞き取れない。
・話の中に複数の内容が盛り込まれているため、全ての内容を聞き取ることができなかった。
どうしてこのようなことが起こるのでしょう。
・方向性、関係性を把握するのが苦手。
・ちょっとしたことで注意散漫になってしまう。
・様々な音の中から必要なものを選択して聞き分けることが難しい。
・短期記憶(ワーキングメモリー)の弱さ。
これはあくまでも原因の一部ですが、このようなケースには、次のような手立てが考えられます。
個別に働きかける
「○○さん」と呼名するだけでも、その人の意識を向けやすくなります。
できれば近くで働きかけるほうが、より伝わりやすいでしょう。
一文を短く、明瞭な声で、はっきりと話す
だらだらとした長い文章よりも、「○○は△△です」「**をしてください」と内容ごとに文を短く区切ると分かりやすくなります。
複数の内容があるときには「1番は○○です」「2番は△△です」と番号をつけると、より明確になるでしょう。
重要なこと、伝えたいことをボードや紙に書いて視覚的に提示する
聞くだけでなく目で見ることによって、より情報が伝わりやすくなります。
○ケース2
個別に話しかけたけど、話の意図はちゃんと伝わっているのかなあ?
何となく・・・では、伝わらない
話し言葉の場合、内容だけでなく、相手の表情や声のトーンなどでも、話し手の意図が異なることがあります。発達障害の人の中には、これらの微妙なニュアンスの違いを読み取ることが難しく、字義どおりに受け取ってしまうため、話し手の真意が伝わらないケースも起こります。
曖昧な言い方や、比喩を用いた表現もわかりにくいことがあります。
「○○してほしいんだけど・・・」のような言い方でなく、「△△のときは○○してくださいね」と、伝えたい内容を明確にした表現の方がはっきり意図が伝わります。
また、日本語の会話の中では、よく、主語を省いたり、内容を省略して話すことがありますが、文脈の中で相手の意図を読み取らなければならないため、すれ違いが起こったりすることもあります。
大切な用件は、紙などに書いて、そのメモを見せながら伝えたり、メールやFAXを活用して後で読み返すことができるように工夫したりすると、確実に伝えることができます。
○ケース3
作業の時、何回説明しても間違えるのよね・・・。作業途中で、急に立ち上がることもあるし・・・。
作業等においても、視覚的な手がかりが有効です。
口頭で何回も説明するよりも、図や写真入りの手順書があれば一目瞭然でしょう。
また、単純な作業でも、見ただけでパッと分かるように枠取りしたものや、個数を確実に数えられるような補助具があれば、より間違いが少なくなります。
ついたて
逆に、視覚的な情報が入りやすいために、周囲に余計な刺激があると、集中が途切れたり、興味関心のある物の方に意識が向いてしまうこともあります。
ついたてを使って余計な物が目に入らないようにする、必要のない道具は所定の位置に片付けておく、道具の棚にカーテンなどをして見えないようにするなど、ちょっとした配慮をすることで、落ち着いて作業できるようになるでしょう。
片付けかご
道具は同じ物を揃えて見出しをつけておく、決まったところにいつも置くようにする、机の上に要らない物を置かないなど、整理整頓を心がけるだけでも作業がスムーズになり、一つ一つ指示しなくても、自立的に動くことができるようになる場合も多いのです。
○ケース4
ちょっと予定を変更しただけなのに、急に様子が変わっちゃって・・・。
そわそわしたり、突然「わー」っと大声を出したりするのよ・・・。
見えないものをとらえることは難しい
今現在の時刻を時計で見ることはできても、ずっと連続した「時間の流れ」という目に見えないものをとらえることは、とても難しいことです。まして「予定」など、未知の事柄については不安でいっぱいです。
自分の中で「今日はこんな流れで過ごすんだ」と納得して安心していたのに、それが突然変更されると、急に不安に感じられることもあるのです。
私たちも、見知らぬところへ旅行に行って、集合時間も行き先も行動予定も分からない・・・と告げられると不安になるでしょう。発達障害の方にとって、たとえちょっとした変更であっても、先の見通しが持てないということは大きな不安であり、それがもとで、イライラやパニックを起こしたりすることもあるのです。
スケジュールを視覚的に知らせておく
○その日のスケジュールや活動の流れについては、紙に書いたり、カードを使ったりして知らせると見通しを持つことができます。
○一ヶ月の予定などを文字や絵入りで示し、掲示しておくことも一つの方法です。特に行事など、日頃と異なることがある場合、いつ、何があるのかという見通しを持つことで、落ち着いて取り組むことができるケースが多いようです。
○行事のときや外に出かけたときなど、携帯用のスケジュールカードを用意するとスムーズに行動できる場合もあります。自分がどのように動けばよいかという見通しを持つことで安心できるのです。
様々なタイムエイド
(点滅する光や色板が徐々に減っていくことで、時間の経過を視覚的に知らせるタイプです。)
「予定」は変わるもの
人によっては、こだわりが強く、変更をスムーズに受け入れられない場合もあるでしょう。
しかし、予定はあくまでも予定であり、変わることもあります。日頃から「変更になっても大丈夫だよ」という経験を積むと同時に、何がどう変わったのかがきちんとわかるように、色ペンで示したり、カードを差し替えたりするなど目に見える形で知らせるようにするとよいでしょう。
見える形で、時間の流れを知らせる
時刻が分かっても、それがあとどのくらいの時間なのか・・・ということは感覚的につかみにくいものです。
「時間」を色や光で量的に示すタイムエイドを使うことで、次の行動に移るまでの時間を視覚的にとらえ
たり、タイマーやアラームなどを有効に活用することで活動に区切りをつけることができます。
○ケース5
会議の議事録、「今日は君の順番だから、よろしく」と言って手渡したのに、結局何も書いていなかった。
柔軟な発想で対応を
会議の議事録のように、話している内容を簡潔にまとめて、しかも話を聞きながら筆記するということを苦手としている人もいます。このような場合、その場で無理に書き留めなくても、ボイスレコーダーなどを使って録音しておき、あとでゆっくり記録するという方法もあります。
LD(学習障害)の方の中には、話の内容や意味は解るけれど、書字につまずきがある人もいます。それは脳機能の障害によるもので、単に字が下手だとか書くのが苦手というレベルの問題ではないのです。字形がゆがんで見える、罫線の中にまっすぐ書けない、黒板からノートに視線を動かしたときにどこに書いてよいかわからない・・・など人によって異なりますが、本人の努力だけで治るものでもなく、けっして怠けているわけでもないのです。そのようなときには、無理に手書きを強いるのではなく、ワープロを用いるというの
も、一つの手段です。
苦手さは補助具や代替手段で補って、得意なことを活かして!
LD(学習障害)には、さまざまなケースが見られます。読みにつまずきのある人、書くことにつまずきのある人、計算につまずきのある人、計算はできるが文章題の内容を読み取るのが難しい人・・・。苦手さばかりに目を向けると「自分はこんなに頑張っているのに、どうしてできないんだろう」と諦めや自己喪失に陥ってしまうこともあります。
つまずきのある部分、難しい部分では補助具などを用いたり、ワープロや電卓などの機器を使ったりすることも認めてもよいのではないでしょうか。苦手さを補い、その人が得意とする部分を十分に伸ばしていくような手立てを一緒に考えていくことも大切だと思います。
おわりに
ここに挙げたケースは、ほんの一部でしかありません。発達障害の方は、これ以外にも様々な点で生きづらさを感じたり、困り感を抱えたりしていることでしょう。もっと深刻な悩みを持っている方も大勢いらっしゃると思います。今回「発達障害」という見出しをつけていますが、ここで挙げた幾つかのキーワード(「視覚的提示を効果的に使って」「わかりやすく」「明確な言葉かけを」など)は、発達障害の方々に対してだけでなく、私たちの生活の中でも活かされるものではないでしょうか。互いにわかり合えるよう配慮し、工夫を重ねていくこと、一人一人がそれを意識することで、みんなが暮らしやすい環境が整ってくるのだと考えます。
<参考文献>
・「発達障害のある子の困り感に寄り添う支援」佐藤 曉 著
学習研究社(学研)
・「発達障害の早期発見、早期支援のガイドブック」
日本発達障害ネットワーク 編
・「発達障がいのある青少年を支援する指導者のガイドブック」
財団法人ボーイスカウト日本連盟 青少年元気サポート事業
・「自閉症や知的障害を持つ人とのコミュニケーションのための10のアイデア」坂井
聡 著 エンパワメント研究所
・「ココロとカラダ ほぐしあそび」 二宮 信一 著 学習研究社(学研)
・「自閉症の人たちを支援するということ-TEACCH
プログラム新世紀へ」朝日新聞厚生文化事業団
<用語ひとくち解説>
わかりにくい用語について、すこしだけ解説します。
○発達障害とは?
日本では、平成17年(2005年)4月に『発達障害者支援法』が定められ、その中で『「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であって、その症状が通常低年齢において発現するもの』と定義されています。
○学習障害:LD(Learning Disabilities)
基本的には全般的な知的発達に遅れはありませんが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を示すものです。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されますが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接的な原因となるものではありません。
○注意欠陥多動性障害(ADHD)
年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものであります。また、7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定されます。
○高機能自閉症
高機能自閉症とは、3歳までに現れ、他人との社会的関係の形成の困難さ、言葉の発達の遅れ、興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害である自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わないものをいいます。また、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定されます。
○アスペルガー症候群
知的発達の遅れを伴わず、かつ、自閉症の特徴のうち言葉の遅れを伴わないもの。なお高機能自閉症やアスペルガー症候群は、広汎性発達障害に分類されるものと示されています。
<公的な相談機関>
○北九州市立発達障害者支援センター「つばさ」(総合療育センター内)
TEL/FAX 093(922)5523
○北九州市立特別支援教育相談センター TEL 093(921)2230 FAX
093(923)3010
*特別支援学校でも教育相談や巡回相談を行っています。
北九州市立小倉北特別支援学校 TEL 093(592)2103 FAX 093(592)2104